こんにちは、Jumpeiです。
突然ですが、私は青が大好きです。惹かれる理由は単純で、ほかのどんな色よりも発色が綺麗だと感じるから。
気づけば、デニムはもちろん、シャンブレーシャツやセントジェームスのMARINEなど、クローゼットは青い服ばかり。
小学生の頃、名前も知らないジーパンを親に履かされて以来、私の「青い生活」はずっと続いています。ファッションにおいて「青」は、単なる1色以上の、非常に重要な役割を担っていると感じます。
本記事では、そんな私の好奇心から始まった「青」への探求をまとめました。
フランスの歴史家ミシェル・パストゥローの著書『青の歴史』を参考にしながら、私なりの主観や考察も交えて、セントジェームスから読み解く青の歴史を紐解いていきます。
なぜ青に惹かれるのか?人類が手に入れることに苦労してきた色
私がこれほどまでに青に惹かれる理由。
それは、青という色が、歴史的に見ても人類が手に入れることに苦労してきた色の一つだからではないか、と考えています。
自然界に存在する青は意外と少ない?
まず、皆さんの周りを見渡してみてください。自然界に、鮮やかな青色のものはどれくらいあるでしょうか。
空や海は青く見えますが、空の青さは主に大気中で太陽光が散乱することによるものです。海もまた、水による光の吸収や反射などが関係しています。
つまり、空や海が青く見えるからといって、そこに青い色素が存在しているわけではありません。
食べ物を思い浮かべても、真っ青なものは意外と少ないですよね。
ブルーベリーやナスなど、青に近い色を持つ食材はありますが、その多くは紫や赤紫に近い色合いです。もちろん、自然界には青い色素や構造色を持つ生物、青い鉱物も存在します。
ただ、鮮やかな青を作り出し、安定して維持することは、古くから人類にとって簡単なことではありませんでした。
青を生み出すための科学的な難しさ
青という色を考えるうえで、光の「波長」は興味深いポイントです。
光は電磁波の一種で、色によって波長が異なります。一般的に、赤色の光は波長が長く、青色の光は波長が短いという特徴があります。
そして、光子1個あたりのエネルギーは、波長が短いほど大きくなります。ただし、これがそのまま青い染料や顔料を作る難しさにつながるわけではありません。
青色LEDの開発や青い花火の発色など、それぞれに異なる技術的な課題がありました。
現代技術ですら苦労した「青色LED」
その代表例が、青色LEDです。赤色や黄緑色のLEDは比較的早い時期に実用化されましたが、青色LEDの実現には長い時間がかかりました。
大きな課題となったのは、青色光を発するために適した半導体材料の開発です。
窒化ガリウムという材料が有望視されていましたが、良質な結晶を作ることや、電気的な性質を制御することが非常に難しかったのです。
研究者たちの長年の努力によって、1990年代に高輝度の青色LEDが実現しました。
2014年には、その開発に貢献した赤崎勇さん、天野浩さん、中村修二さんがノーベル物理学賞を受賞しています。
現在では当たり前のように使われているスマートフォンや照明の光も、こうした技術の積み重ねによって実現したものなのです。
花火師泣かせの青
花火の世界でも、青は特別な難しさを持っています。青色の発色には銅の化合物が使われますが、鮮やかな青を出すためには、燃焼温度を適切な範囲に保つ必要があります。
温度が高すぎると、青色の発光に関係する化合物が分解し、色が濁ったり、青さが失われたりしてしまいます。
赤や黄色に比べて、澄んだ青を夜空に咲かせるのが難しいのは、こうした理由があるからです。青という色は、現代の技術をもってしても、分野によっては簡単に扱える色ではないのですね。
青は「原色」でもある
さらに、色の仕組みを考えると、青は興味深い存在です。私たちが普段目にする色には、大きく分けて「光の三原色」と「色の三原色」という2つの仕組みがあります。
- 光の三原色: 赤・緑・青(RGB)
- 色の三原色: シアン・マゼンタ・イエロー(CMY)
スマートフォンやテレビの画面は、光の三原色を組み合わせてさまざまな色を表現しています。一方、印刷や絵の具などの色材の世界では、シアン・マゼンタ・イエローを基本に色を作ります。
つまり、青は光の世界では三原色の一つですが、色材の世界ではシアンとマゼンタを組み合わせて表現することもできます。
しかしながら、光の三原色にある「青」は、色料の三原色には含まれていません。
シアンとマゼンタを混ぜることで青系の色を作ることはできますが、使う色料によって発色は変わり、鮮やかな青を表現するのは簡単ではありません。
同じ「青」でも、光としての青と、物に色をつけるための青では、仕組みが違うのです。
結論:人類が苦労して手に入れてきた青
こうして見ると、青は自然界に存在しながらも、鮮やかな色を作り出し、安定して利用するために人類が知恵を絞ってきた色だと分かります。
染料や顔料、LED、花火。それぞれ異なる技術的な壁がありました。
そんな青だからこそ、私たちがデニムのインディゴやセントジェームスのMARINEを目にしたとき、特別な美しさを感じるのかもしれません。
もちろん、これは私なりの考えです。
青の歴史・前編|始まりは不遇の時代?「軽視された色から神聖な色へ」の大逆転
前章でお話ししたように、青は人類がその美しさを手に入れ、活用するために工夫を重ねてきた色です。しかし、青が最初から特別な色として扱われていたわけではありません。
今でこそ、青は「上品」「知的」「洗練」といったイメージを持たれています。
ところが、古代の地中海世界では、青は白・黒・赤などに比べて、社会的な重要性が低い色でした。
そんな青が、どのようにして神聖で高貴な色へと変わっていったのでしょうか。
1. 古代ギリシャ・ローマでは、青は重要な色ではなかった
驚くべきことに、古代ギリシャやローマの社会において、青は現代ほど重要な色ではありませんでした。
彼らにとって、白・黒・赤などは衣服や宗教、社会生活の中で重要な役割を担っていました。一方、青はそれらに比べると、文化的な象徴性や社会的な地位が低かったとされています。
色を表す言葉についても、現代のように青を一つの独立した色として明確に分類する感覚とは異なっていました。
もちろん、古代の人々が青を認識できなかったわけではありません。青い顔料や染料も使われていました。
ただ、現在の私たちが感じるような「青は美しく、上品で、知的な色」という評価が、当時から存在していたわけではないのです。
2. 青と北方民族のイメージ
青が古代の地中海世界で必ずしも好まれなかった背景には、異文化との関係もありました。
古代ローマの人々にとって、北方の民族やブリテン島の人々は、自分たちとは異なる文化を持つ存在でした。
特に、ブリテン島の人々については、ローマの将軍カエサルが著した『ガリア戦記』にも、植物由来の染料で身体を青く染める風習が記されています。
この染料の原料と考えられているのが、大青(ウォード)という植物です。
ウォードはヨーロッパで古くから利用されてきた青色染料の原料で、葉から青い染料を作ることができます。
こうした風習もあって、青はローマ人にとって、異文化や北方の人々を連想させる色の一つだったと考えられます。
現代では知的で落ち着いた印象を持たれる青ですが、当時の文化的な価値観は、私たちの感覚とは大きく異なっていたのです。
3. 唯一の例外?至高の宝石「ラピスラズリ」
しかし、そんな青の中にも、古代から別格の扱いを受けていたものがありました。それが、アフガニスタンの山岳地帯などで産出する宝石、ラピスラズリです。
深い青色に金色のような黄鉄鉱が散りばめられたラピスラズリは、古代から装飾品や美術品の素材として珍重されてきました。
古代エジプトでも宝飾品などに使われ、ツタンカーメンの黄金マスクにも青い素材が用いられています。
また、中世ヨーロッパでは、このラピスラズリを原料とする顔料「ウルトラマリン」が非常に高価なものとして扱われました。
遠く離れた産地から運ばれてくる希少な石を砕いて作るため、誰もが簡単に使えるものではありません。つまり、青には対照的な2つの側面があったのです。
一方には、植物から作られる身近な青。もう一方には、遠い異国から運ばれてくる希少で高価な青。同じ青でも、素材や用途によって、その価値は大きく異なっていました。
4. 中世に起きた「青の価値観の転換」
そんな青の立場が大きく変わっていくのが、12世紀頃のヨーロッパです。
この時代、キリスト教の世界では、神と光を結びつける思想が建築や美術にも反映されるようになりました。
その象徴の一つが、教会を彩るステンドグラスです。色鮮やかなガラスを通して差し込む光は、単なる装飾ではありませんでした。
人々にとって、それは神の存在や天上の世界を感じさせる特別なものでした。中でも青い光は、教会の空間に幻想的な美しさを与えました。
こうした変化とともに、青は聖母マリアの衣服にも多く用いられるようになります。さらに、フランス王も聖母マリアの象徴と結びついた青を取り入れ、王権を表す色として採用していきました。
かつては重要視されていなかった青が、宗教や王権と結びつくことで、次第に高貴な色としての地位を確立していったのです。
古代から中世にかけての青の変化は、単なる染色技術の進歩だけでは説明できません。人々の価値観や宗教観が変化することで、色そのものの意味まで変わっていったのです。
衣服の歴史における転換点
この変化がなければ、衣服の歴史における青の立ち位置も、現在とは違っていたかもしれません。
私たちがデニムやセントジェームスを見て、「どこか気品がある」「ただの作業着とは違う洗練さを感じる」と思うのは、単なる気のせいではないのでしょう。
もちろん、現代のファッションにおける青の印象は、中世の宗教や王権だけで決まったものではありません。それでも、長い歴史の中で青がさまざまな意味を与えられ、価値を高めてきたことは確かです。
こうして青は、少しずつ人々の生活や衣服の中へと広がっていきます。
青の歴史・中編|王の青から「労働者の青」へ
〜インディゴの広がりと、ノルマンディーの漁師たちが愛したマリンウェア〜
前編では、古代において必ずしも高い評価を受けていなかった青が、中世の宗教や王権と結びつき、神聖で高貴な色へと変化していった歴史をお話ししました。
しかし、青の歴史はここで終わりません。近世から近代にかけて、青は今度は「民衆と労働者の色」として、再び私たちの生活の現場へと広がっていきます。
1. インディゴがヨーロッパの青を変えた
ヨーロッパでは、古くから大青(ウォード)という植物を使って青い布を染めていました。
しかし、16世紀以降、大航海時代と交易の発展によって、アジアなどからインディゴ(藍)が大量に流通するようになります。
インディゴは、ウォードと同じく植物由来の青色染料ですが、より濃く鮮やかな青を染められることや、染色後の色の堅牢性などに優れていました。
そのため、ヨーロッパで長く使われてきたウォード産業は、インディゴとの競争にさらされることになります。
当初は既存の産業を守るためにインディゴの輸入や使用を制限する動きもありましたが、やがてインディゴはヨーロッパの染色文化に深く浸透していきました。
青を生み出すための選択肢が増えたことは、衣服の歴史にとっても大きな変化だったのです。
2. 青は「誠実・規律・作業着」の象徴へ
青い染料が広く流通するようになると、青はさまざまな衣服に使われるようになります。特に、濃い青は実用的な衣服との相性が良い色でした。
- 汚れが比較的目立ちにくい
- 落ち着いた印象で、仕事着にも取り入れやすい
- 着用や洗濯による色の変化を楽しめる
こうした特徴もあり、青は職人や農民、船乗りなど、働く人々の衣服にも広く使われていきます。
また、18世紀にはイギリス海軍が濃紺の制服を採用し、ネイビーブルーという色名の由来にもなりました。
こうして青は、軍服や仕事着を通じて、規律や信頼感を連想させる色としても定着していきます。
かつて高価な顔料や王侯貴族の衣服にも使われていた青は、次第に人々の日常に溶け込んでいったのです。
3. セントジェームスの源流 ── ノルマンディーの海が育んだ「MARINE」
この「労働者の青」の歴史において、切っても切り離せないのが、私が愛してやまないセントジェームス(SAINT JAMES)です。
フランス北西部、ノルマンディー地方にあるセントジェームスという町で、このブランドの歴史は始まりました。
その起源は1850年。町の市長だったレオン・ルガレが、地元に「ムーラン・デュ・プリウール」という紡績工場を設立したことにさかのぼります。
当初は、モン・サン・ミシェル湾周辺で育てられた羊の毛を使い、地元の商店などに毛糸や織物を供給していました。
その後、船乗りたちのためのマリンセーターを手がけるようになり、1889年には現在のブランドにつながる会社が設立されます。つまり、セントジェームスはもともと、ファッションブランドとして生まれたわけではありません。
厳しい海の環境で働く船乗りたちのために、実用的な衣服を作ることから始まったのです。現在のセントジェームスを代表するアイテムといえば、やはりウエッソンでしょう。
厚手のコットン素材を使った、しっかりとした生地感。洗濯を繰り返すことで少しずつ身体になじんでいく着心地。そして、フランスらしい落ち着いた色合い。
私が特に好きなのが、深みのある「MARINE」です。
もちろん、現在のウエッソンはコットン製であり、創業当初のウールのマリンセーターとは素材も異なります。
それでも、海の仕事着をルーツに持つブランドの背景を知ると、あのMARINEという色にも、どこか特別な魅力を感じてしまいます。
私たちが何気なく街で着ているセントジェームスのウエッソン。
その背景には、ノルマンディーの海とともに歩んできた、長いものづくりの歴史があるのです。
青の歴史・後編|自由のインディゴと、現代のエイジング
1. ゴールドラッシュと「自由」を象徴するデニムの誕生
19世紀後半、アメリカのゴールドラッシュに沸くカリフォルニアで、もう一つの「青の歴史」が始まります。当時、鉱夫や労働者たちが必要としていたのは、過酷な作業にも耐えられる丈夫なパンツでした。
そこで登場するのが、リーバイスの創業者リーバイ・ストラウスと仕立屋のジェイコブ・デイビスです。
1873年、2人はパンツのポケットなど、負荷がかかる部分を金属製のリベットで補強する技術の特許を取得しました。これが、現在のジーンズにつながる大きな転換点です。
初期の製品にはインディゴ染めのデニムだけでなく、ブラウンダックという茶色の厚手コットン生地も使われていました。
やがて、丈夫な綾織りのデニムにインディゴを染めたパンツが、ジーンズを象徴する存在になっていきます。
私が子供の頃から履いていたジーパン。そのルーツには、こうした過酷な現場で働く人々のために生まれたワークウェアの歴史がありました。
20世紀に入ると、1897年にはドイツのBASFが合成インディゴの工業生産を実現します。天然の藍に頼らず、工業的にインディゴを生産できるようになったことは、染色産業にとって大きな変化でした。
さらに、映画や音楽、若者文化などを通じて、ジーンズは労働者の服から「若者・反抗・自由」を象徴するファッションアイテムへと変化していきます。青はついに、人々が自分らしさを表現するための色にもなったのです。
2. 【Jumpeiの考察】なぜセントジェームスのMARINEは赤みを帯びて見えるのか?
さて、ここで一つ、私が洋服好き・デニム好きとして長年気になっていることがあります。
それは、セントジェームスの「MARINE」の色の変化です。セントジェームスのウエッソンを着込んでいると、少しずつ色が変化していきます。
私には、日本の一般的な濃紺の洋服がグレーっぽく色落ちしていくのに対して、フレンチ・ブルーのMARINEは、どこか赤みや紫みを帯びながら育っていくように見えるのです。
なぜ、同じ青なのに色落ちの表情が違うのでしょうか。ここで関係してくるのが、染料や顔料の種類、そして染色方法です。
青と一口に言っても、使われる色材によって色の見え方や退色の仕方は異なります。例えば、インディゴ染めのデニムは、糸の表面付近に染料が染着する特徴があります。
着用や洗濯によって表面が少しずつ摩耗すると、内部の白い部分が見えてきます。これが、デニム特有の色落ちを生み出す仕組みの一つです。
一方、セントジェームスのMARINEについては、具体的な染料の配合や色落ちの化学的な仕組みまでは確認できていません。
そのため、赤や紫の色素があらかじめ混ぜられていて、それが表面に浮かび上がってくると断定することはできません。
ただ、私自身は、セントジェームスのMARINEには、着込むことで少しずつ赤みや紫みを感じさせるような、独特の表情があると思っています。
これはあくまで個人的な観察ですが、同じ青でも、素材や染色方法によって経年変化の表情が違うというのは面白いところです。
デニムのインディゴが着用を重ねることで表情を変えていくように、セントジェームスのMARINEにも、その服ならではの変化があります。新品のときの深い青も好きですが、着込むことで少しずつ変化していく青にも魅力を感じます。
単なる色あせではなく、長く着続けることで生まれる表情。これも、私が青い服を好きでい続ける理由の一つなのかもしれません。
まとめ: 私たちが「青」を着るということ
小学生の頃、名前も知らないジーパンに心を奪われてから今日まで、私のクローゼットは常に青で満たされてきました。
シャンブレーシャツ、サックスブルーのオックスフォードシャツ、そしてセントジェームスのMARINE。
今回、ミシェル・パストゥローの著書を参考に青の歴史を辿って、改めて感じたことがあります。
それは、私たちが青に惹かれる背景には、長い歴史と文化があるのではないかということです。古代の地中海世界で必ずしも重要視されなかった青。
中世のステンドグラスや聖母マリアの衣服を通じて高貴な色となった青。ノルマンディーの漁師たちが着ていたマリンウェアの青。
そして、ゴールドラッシュの鉱夫たちが穿いていたデニムのインディゴ。青は時代や文化によって、さまざまな意味を与えられながら、人々の生活に溶け込んできました。
そう考えると、私たちが袖を通している1着の服にも、長い「青の歴史」がつながっているように感じます。
次に皆さんがセントジェームスのMARINEや、愛用のジーパンに袖を通すとき。その綺麗な発色の奥にある、人類と青の物語に、ほんの少しだけ思いを馳せていただけたら幸いです。
























